« 「中棚荘」 番外編(長野へ その4) | トップページ | 「小諸・懐古園」 後編(長野へ その6) »

2007年6月15日 (金)

「小諸・懐古園」 前編(長野へ その5)

 中棚荘に泊まった翌日、すぐそばにある懐かしい懐古園(HP)へと向かった。

 子供の頃、父親の実家がある小諸に夏休みに来て、何度も来たことがある。
 懐古園の石垣に登った写真がアルバムにもある。

 この日はとてもいい天気。
 車を懐古園横の市営駐車場に止めて園内に向かった。

 懐古園は、小諸城址に明治13年 神社を祀って「懐古園」と命名されたもの。
 小諸城は武田信玄が一旦攻略して落城させた後、この地が重要であるとして山本勘助と馬場美濃守信房に命じて築城したもので、現在NHK大河ドラマの「風林火山」ゆかりの地としてあちこちにのぼりが見られる。
 小諸城は全国的にも珍しい城下町よりも低い穴城で、土台が浅間山の火山灰でできているために水を用いず、崩れやすい断崖が堅固な要塞となっています。

 まずは三の門
 懐古園の顔とも言えるもので、必ずと言っていいほどここの写真が使われています。
 いつ見ても堂々として存在感のある門で、ここにかけられている「懐古園」の大額と、とても好きだし懐かしいです。

  070615_3nomon_2 070615_oogaku 大額は徳川家達の筆

 そしてここから入場料金を払って懐古園内へ。
 共通券には藤村記念館、小山敬三美術館、郷土博物館、徴古館の入場券も含まれていました。
 天気が良くて暑い日ですが、緑が多く気持ちが良い園内です。 
 入ってすぐ、動物園に向かう道と、本丸跡へと向かう道とに分かれていますが、勿論本丸跡へと向かいます。

  070615_iriguchi

 番所跡などを通り、黒門橋を渡ります。
 昔、緊急のときに橋げたを取り外すことができる太鼓橋が架かっていたそうで、橋の下は空堀になっています。

 そしてしばらく進むと懐古神社へ。
 本丸跡に建てられています。

  070615_kaikojinja_1 070615_kaikojinja_hi 懐古園の碑(題字は勝海舟)
  070615_kansuke 「鏡石」山本勘助が愛用したと伝えられる。 隕石とも言われている。

 その右手奥に天守台があり、そこから広い馬場を見ることができます。
 どうやらアルバムにあった石垣は、天守台の石垣だったようです。
 (今は「登ってはいけません」と看板が立てられ、枠ができています。マネしないように。)

  070615_isigaki 天守台の石垣

 そして馬場へ。
 天守台に登る前に降りてきたおじさんが「春は桜でこのあたり一面きれいやろうなぁ」とおっしゃっていましたが、この馬場は桜の名所だそうです。

 馬場をぐるっと回ると奥に島崎藤村の小諸時代の作「千曲川旅情のうた」の詩碑があります。
 「千曲川旅情のうた」は、「小諸なる 古城のほとり 雲白く遊子悲しむ ・・・」 で始まる有名な、とても好きな詩です。

  070615_chikumagawa 島崎藤村「千曲川旅情のうた」の詩碑
  070615_tutuji 詩碑の隣には満開のつつじ

 そしてこの奥に千曲川を見下ろせる水の手展望台があります。
 ここからの眺めが好きです。
 特別いい眺め、というわけではありませんが、それでも私の記憶の中にあるこの眺めがやはり好きなのです。

  070615_tenboudai02 070615_tenboudai01

 というところで、今回はここまで。(つづく)

|

« 「中棚荘」 番外編(長野へ その4) | トップページ | 「小諸・懐古園」 後編(長野へ その6) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/197616/15433009

この記事へのトラックバック一覧です: 「小諸・懐古園」 前編(長野へ その5):

« 「中棚荘」 番外編(長野へ その4) | トップページ | 「小諸・懐古園」 後編(長野へ その6) »